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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)9137号 判決 1999年6月09日

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成九年一〇月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、別紙一記載のとおりの謝罪文を、「北河内・報道と人権・考える会ニュース」(以下「報道と人権」という。)に別紙二記載のとおりの条件で一回掲載せよ。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告は「報道と人権」に原告が発行する「乙山新聞」を誹謗・中傷する記事を掲載し、これを広範囲に配布して、原告の名誉を著しく毀損したと主張して、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料一〇〇〇万円の内金三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成九年一〇月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、別紙一記載のとおりの謝罪文を「報道と人権」に別紙二記載のとおりの条件で一回掲載することを求めた事案である。

二  当事者間に争いがない事実

1 原告は、「乙山新聞」と称する新聞を毎月二回発行し、大阪府枚方市、寝屋川市及び交野市の住民に配布している。

2 被告は、昭和六三年三月から平成八年三月まで枚方市教育長の職にあった者であり、平成八年九月二七日、「北河内・報道と人権を考える会」の事務局長に就任した。

3 「北河内・報道と人権を考える会」は、「報道と人権」を発行し、大阪府枚方市、寝屋川市、交野市を中心に「報道と人権」を配布している。

4 「報道と人権」は、平成八年一一月一日以降、乙山新聞について、<1>ないし<25>の各記事等を掲載した(以下、<1>ないし<25>の各記事を総称して「本件各記事」と、各記事を「本件<1>記事」などという。)。

(一) 平成八年一一月一日(創刊号)

(1) 「報道と人権を考える会結成、人権守る報道を追求」という見出しの記事において、

<1> 「地域新聞である乙山新聞(枚方市河原町、甲野太郎代表)の目に余る人権侵害、名誉毀損記事による被害が広がる」

<2> 「教育長に対する誹謗・中傷記事を繰り返すにとどまらず、枚方市教委管理職の人事異動にまで介入するような事態が明るみに出る」

(2) 「結成趣意書」という見出しの記事において、

<3> 「時折なされる乙山新聞のウソと憶測・誇張・風聞・やゆ等による誹謗・中傷記事による人権侵害は許されることでは断じてない。」

(3) 「枚方市前教育長乙山新聞社を提訴」という見出しの記事において、

<4> 「同紙には、これまでも個人の名誉を毀損し基本的人権を侵害する記事や、根拠のない憶測・誇張と思われる記事が数多く掲載されてきた。」

<5> 「そして、いわばその『悪影響力』を背景に、ある種の力を誇示している模様。」

<6> 「報道機関と呼べぬ乙山新聞」という見出し

及び同見出しの記事において、

<7> 「人事異動名簿のコピー配付はそのタイミングから判断すると、人事異動への介入が思うようにいかないことから、事前に内容を漏洩させることで、原案を潰そうとした行動だったと思われる。」

<8> 「特定の政治家と結託し、行政運営に直接介入するような新聞社は、もはや報道機関とは言えない。」

(4) 「乙山新聞見る市民の眼」という投書欄において、

<9> 「市長や議員を持ち上げたり、けなしたり。くるくる変わる内容でいいかげんな新聞という印象はあったけれど、そんなことまでしているとは知らなかった。応援した人が市長になったので、つけあがっているのでしょうね。」

<10> 「つまらない新聞といえばそれまでだけど、見過ごしてはいけないと思います。」

(5) 乙山新聞社社屋の写真を掲載し、そのタイトルとして、

<11> 「体質が問われている乙山新聞社」

(二) 平成九年一月二〇日(第二号)

(1) 「言霊」という評論欄において、

<12> 「人々が乙山新聞をうさん臭い新聞だと思いながら」

<13> 「恋愛や結婚などは純然たる私事。古典的なプライバシーである。プライバシー暴露を売り物にするメディアは間違ってもジャーナリズムとは呼べない。ゴシップを提供するメディアはそれを読む人々の精神を堕落させる。そしてネタを売る醜悪な人間を生み出す。枚方が文化都市を標榜するためには、地域新聞も淘汰されねばならない。」

(2) 同志社大学教授浅野健一氏の後援会の広告欄において、

<14> 「乙山新聞の人権侵害報道を斬る」

(3)<15> 「乙山新聞と丙川氏(現府議)が暗躍」という見出し

及び同見出しの記事において、

<16> 「昨年3月26日、乙山新聞や丙川元市議(当時・現府議)によって枚方市教員の人事異動に対する不当介入事件が引き起こされた。」

(4) 「乙山新聞見る市民の眼」という投書欄において、

<17> 「正月の乙山新聞を見てびっくりした。内容は全くなく企業の広告ばかり。いくら広告料をとっているのか知らないが、さぞかし儲かるのだろうな。企業のみなさん、お付き合いかも知れないが、かえってイメージを悪くしますよ。乙山新聞だから。」

(三) 平成九年三月一〇日(第三号)

(1)<18> 「乙山新聞・JR新駅設置で虚偽報道」という見出し

(2) 同志社大学教授浅野健一氏の後援会の講演要旨について<19>「報道の原則破る乙山新聞」という見出し

及び同見出しの記事において、

<20> 「スキャンダルが売り物・一九九五年以降の乙山新聞の見出しを見ていくと、『不倫の中堅職員、こっそり左遷』とか、『市教委ぐるみ強姦もみ消し』など、ここで読み上げるのをためらうような見出しがどんどん立っています。教育委員会の名簿漏えい事件にいたっては、ある人事を変更させることが目的で、入手した名簿の現物をコピーして配ったということです。新聞として絶対にあってはならないことで、びっくりしました。ジャーナリズムの源流には正論的な新聞と、スキャンダルを売り物にする瓦版的な新聞の二つがありますが、乙山新聞は明らかに後者だけを継承しているとしか思えません。」

<21> 「誰が言ったかわからないかぎ括弧で書かれている記事が余りにも多い。」

<22> 「変革は私たちの手で・乙山新聞や一部の週刊誌など、こんなひどいメディアなら警察が踏み込んで刑事事件としてほしい、私が被害者ならそう考えるかも知れません。」

<23> 「やはり私たちには、広告を出さない、新聞を買わないという合法的な抵抗や、良い記事はほめ、悪い記事はどんどん批判して、まともな新聞に変わることを求め続ける」

(3) 「乙山新聞見る市民の眼」という投書欄において、

<24> 「乙山新聞はおもしろおかしく読んでいましたが、「『悪影響力』を背景にある種の力を誇示している模様」に対して、本当にそうじゃないかと思える様な記事と広告です。役所や企業をおどしている様にさえ感じられます。」

<25> 「なぜ、枚方には乙山新聞みたいな新聞があるのですか。前に住んでいたところにも地域新聞がありましたが、もっと真面目な新聞でした。レベルが低くて恥ずかしい感じですね。」

三  争点

被告が本件各記事を「報道と人権」に掲載したことについて、名誉毀損の違法性阻却事由があるか。

四  争点に対する当事者の主張

1 原告の主張

被告が「報道と人権」に掲載した本件各記事は、いずれも虚偽であり、原告の名誉を著しく傷つけるものであるから、名誉毀損の違法性を阻却しないことは明らかである。

2 被告の主張

被告が「報道と人権」に掲載した本件各記事が原告の名誉を傷つけるものであったとしても、<1>その行為が公共の利害に関する事実に係り、<2>その目的が専ら公益を図ることにあり、<3>摘示された事実が真実である場合には違法性が阻却されるところ(刑法二三〇条の二第一項参照)、被告が「北河内・報道と人権を考える会」を結成し、「報道と人権」に本件各記事を掲載したのは、乙山新聞が度重なる人権侵害記事を掲載していることをただすためであり、その記事の内容はいずれも事実に裏付けられた真実のものであるから、違法性は阻却される。

第三  争点に関する当裁判所の判断

一  名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであると意見・論評を表明するものであるとを問わず成立し得るものであるが、(一)事実を摘示する名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつその目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、右行為は違法性を欠き、仮に右事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失が否定され、(二)ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつその日的が専ら公益を図ることにあった場合に、右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、右行為は違法性を欠き、仮に右意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である(最高裁平成九年九月九日第三小法廷判決・民集五一巻八号三八〇四頁参照)。

二  そこで、本件各記事が右の各要件を満たしているか否かについて検討するに、《証拠略》を総合すると、次の各事実が認められる。

1 原告による今市将和に対する名誉毀損行為

(一) 原告は、平成七年六月一五日付け乙山新聞に、「執行委員・組合員の女性を弄ぶ・結婚夢見た乙女心哀れ」との見出しのもと、枚方市職員今市将和が、同僚の女性職員に対して結婚詐欺まがいのひどい仕打ちをした上、旅行代やスーツ代として数百万円を拠出させようとしていたとの虚偽の記事を掲載した。

(二) その後、原告は、今市将和の親族らから抗議を受け、同年七月一五日付け乙山新聞において、右(一)の記事の内容が虚偽であったとして、お詫びの訂正記事を掲載した。

2 原告による被告に対する名誉毀損行為

(一) 原告は、同年八月一五日付け乙山新聞に、「家高教育長・媚びを売って延命図る・中司市長に不始末の『詫状』」との見出しのもと、次の<1>ないし<9>の各記事を掲載した。

<1> 「(被告は)『今は自分が教育長に再任してもらいたいため政敵の中司市長に詫び状まで書いてコビを売り延命工作をしている』として話題欠乏の夏枯れ時に大きな話題を提供している。」

<2> 「『家高氏は中司市長誕生と同時(開票直後、深夜)にいそいそと選挙事務所まで当選のお祝いを兼ね挨拶に行った』という恥も外聞もない経過も聞かれている。」

<3> 「『家高氏はこの猛暑にもかかわらず中司市長にコビを売っている。毎日そんなにまでして再任してもらいたいのか』といった声が噴出し、家高氏の教育者としての資質までもが関係者らから問われているようだ。」

<4> 「『家高氏は自分が軽率に犯した不始末から中司市長に再任されないのではないかということを非常に恐れて、そこで中司政権がようやく落ち着いたことから小椋久佳助役に間をうまく取り計らってもらい、市長宛に不始末に対する“詫び状“を七月二十四日に提出した』という。」

<5> 「(被告は)今回も筆一つで事が納まれば安いものだと見積もったのか。この八月に六十四才になっても一年間約一五五〇万円の報酬は魅力。仮に先の六月議会で多くの議員から無能な管理能力を問われて指摘された『いじめ』や『暴力事件』等でつつかれようが何しようが入ってくる報酬にビタ一文変わりはない。」

<6> 「別の関係者は家高氏が教育長を辞任しないことの理由に別の見方を示す。『家高氏の任期は来年三月まで。仮に再選されなくても市民の税金から約四八〇〇万円の退職金が懐に転がり込む。しかし、もし今回の不始末の責任をとってこの八月末で辞めるとなれば退職金は約四〇四〇万円。毎月の月給を含めると都合約一五〇〇万円のマイナスとなり家高氏はそれを惜しんでいるのではないか』と指摘。まるで家高氏が教育そっちのけの金の亡者でもあるかの如く厳しい意見だ。こうした意見も誠意のない教育長ゆえの発言とすれば、やむを得ないとしても家高氏が中司市長宛に不始末から“詫び状”を提出したのは事実。」

<7> 「事情を知ったある市民や関係者らは、『枚方市教育界もトップが教育者ではなく政治家もどきでは教育の退廃も当たり前』等の意見も多く聞かれ、家高教育長に対する不信感は高まる一方のようだ。」

<8> 「家高教育長は『保身のためなら苦労はいとわない人』といわれているだけに今回の『詫び状』事件に関しても『あの人なら土をなめてでも地位にすがりついているのではないか、市長選挙前はあれだけ中司市長の対立候補を応援していたのに、その候補が負けたとたんに中司市長に詫び状を差し出すなど普通の人のできることではないのでは……立派なものだ』と家高教育長の人間性をアイロニーを込めて語る声も聞かれている。」

<9> 「家高教育長はこれまで政権が変わるたびに時の権力者にうまく取りつくろい悉くそれが成功、順風満帆に高い地位を手中にして人生の舵を取ってきたが、さて今回の『詫状工作』がどこまで奏功するか大いに注目されるところのようだ。」

(二) また、原告は、同年九月一日付け乙山新聞に、次の各記事を掲載した。「家高教育長は再任希望?・忘れられない権力の“味”」との見出しのもと、次の<10>ないし<13>の各記事を掲載した。

<10> 「枚方教育界の実力者・家高憲三教育長(64)は、『自分のことしか考えていない雰囲気がある』と関係者の間では悪評が高い。というのも、家高氏は今春の市長選挙では惜敗した山口平八郎氏(元枚方市助役)を先頭をきって応援していたものの、関係者の話によると『中司宏市長誕生の瞬間に態度をひょう変。間を置かずその足で中司市長を表敬訪問した』というから驚きだ。その時、述べた祝辞が『どうかこれからもよろしくお願いします。今後共よろしく』と暗黙のうちに再任依頼らしく下心をのぞかせていたというから関係者ももはや憤りを通り越してあきれたといった表情で事の真相を語っている。」

<11> 「別の関係者は『家高氏は中司市長と思惑が違うことを得意とする嗅覚でそう感じ取ったのかすぐに方向を転換した』という。つまり中司市長が“開かれた自由な教育”を施策として掲げているため組合出身者の自分は排除されるとでも判断したのか『自分は議会に選任されたのだから任期一杯はやる。市長の考えとは関係ない』と中司市長に先手を打つ形で大きく周囲にうそぶいたという。」

<12> 「権力に居続けるためにどんな言動も惜しまないような家高氏はついには教育者としての資質も問う声が聞かれているようだ。」

<13> 「こうしたいかにも教育者らしくないいいかげんな態度が疎まれ、去る六月に行われた市議会定例会でも議員等の怒りが噴出。『家高さんは永年枚方市の教育を私物化してきた責任をどうとるつもりか。子供の人権よりも自分の待遇しか考えない中身のない教師ばかりが多く育った』と激怒する議員もいたという。」

(三) これに対し、被告は、平成八年八月一三日、大阪地方裁判所に対し、原告を相手取り、原告が乙山新聞に右各記事を掲載したことにより、被告の名誉が著しく傷つけられたとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき慰謝料五〇〇万円等の支払及び乙山新聞紙上に謝罪文を一回掲載することを求める訴え(同裁判所平成八年(ワ)第八三七六号)を提起した。

(四) 大阪地方裁判所は、平成一〇年五月一四日、被告が中司市長に挨拶に行った経緯や市長宛に詫び状を書いた経緯等の点について右各記事は明らかに事実と異なると指摘した上、虚偽の事実を乙山新聞に掲載した点について原告に故意ないし過失があるとして名誉毀損の事実を認め、原告に対し、慰謝料一〇〇万円及びこれに対する平成八年八月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払並びに乙山新聞紙上に謝罪文を一回掲載するよう命じる判決を言い渡した。

(五) 原告は、右判決に対し、控訴(大阪高等裁判所平成一〇年(ネ)第一九三一号)を提起したが、大阪高等裁判所は、平成一〇年一一月一一日、原告の控訴を棄却する旨の判決を言い渡した。

3 原告による枚方市下水道部所属の「K幹部」らに対する名誉毀損行為

(一) 原告は、平成七年一二月一日付け乙山新聞に、「役所幹部息子が指名業者に就職・運良く?一本落札」との見出しのもと、枚方市下水道部所属の「K幹部」が、平成七年八月二五日に行われた公共工事の入札に際し、K工業株式会社で働いている同人の息子に予定金額を事前に漏らしていたとの虚偽の記事を掲載した。

(二) その後、原告は、後に配布した同日付け乙山新聞及び乙山新聞号外に、右(一)の記事の内容が虚偽であったとして、お詫びの訂正記事を掲載した。

4 原告らによる枚方市教育委員会人事への介入

(一) 原告は、平成八年三月二一日ころ、枚方市の市長公室長だった丁原春夫(以下「丁原」という。)に電話し、同月二七日に内示され同年四月一日に発令される予定であった枚方市教育委員会の管理職の人事異動の名簿を、枚方市元市議会議員の丙川松夫(以下「丙川」という。)に渡してほしいと依頼し、丁原は、これを承諾した。

(二) このため、丁原は、同月二二日午前九時ころ、右人事異動名簿を受け取るため枚方市役所を訪れた丙川に、右人事異動名簿を手渡した。

(三) 丙川は、同月二六日午前八時ころ、丁原宅に電話をかけ、丁原に対し、四、五名の個人名を挙げながら、枚方市教育委員会管理職の人事異動案を変更するよう求めた。

(四) そこで、丁原は、畑中光昭市長公室次長(以下「畑中」という。)に電話をかけ、畑中に対し、丙川から示された人事異動変更案を伝えるとともに、平山学学校教育部次長(以下「平山」という。)にその内容を伝えるよう依頼した。

(五) 原告は、同日午前九時ころ、平山に電話をかけ、枚方市教育委員会管理職の人事異動名簿が漏れていることを告げるとともに、人事異動案を変更するよう執拗に求めたが、平山は、人事は変更できない旨繰り返し回答した。

その後、原告は、人事異動名簿が部外に漏れていることを示すために、乙山新聞社の社員に持参させて、人事異動名簿のコピーを平山に届けさせたので、平山は、人事異動名簿が部外に漏れていることを知り、直ちに教育長であった被告に報告した。

(六) その後、畑中は、同日午前九時五〇分ころ、平山に対し、丙川から示された人事異動変更案を手渡したので、平山は、これを被告に示した上、コピーして被告及び各教育委員に配布した。

(七) 枚方市教育委員会は、同日午前一〇時すぎころ、枚方市教育委員会管理職の人事異動を決定するための定例会を開催したが、小椋久佳委員は、その席上で、直ちに人事案件の審議に入ることに難色を示し、丙川が来るまで待つのが適当である旨発言したため、右定例会は、一旦休憩に入った。

(八) 原告は、同日午後一時ころ、被告に電話をかけ、被告に対し、枚方市教育委員会管理職の人事異動名簿が漏れていることを告げるとともに、人事異動案の変更を求めた。

(九) 原告は、同日午後一時三〇分ころ、乙山新聞の従業員らを使って、乙山新聞社のゴム印が押された人事異動名簿約八〇部を枚方市役所内のカウンター上に配布するとともに、右人事異動名簿を持参し、部下の戊田某を伴って、教育長室に乗り込み、大声で、「人事が漏れている。どうするんだ。」などと申し向けた。

(一〇) しかし、枚方市教育委員会は、同日午後四時四〇分に定例会を再開し、当初の原案どおり、枚方市教育委員会管理職の人事異動案を可決した。

(一一) 枚方市教育委員会管理職の人事異動名簿が漏えいした問題は、その後枚方市議会でも問題となり、同年四月一九日、丁原が停職一か月及び二階級の降格処分に、中司宏市長及び矢代圭助助役が減給一〇分の一(一か月)に、その他本件に関係した職員二名が訓告処分に処された。

(一二) 中司市長は、同年五月二一日、丙川及び原告に対し、原告らが行った人事異動への介入に関し、抗議書を送付した。

5 JR学研都市線の新駅設置に関する虚偽報道

原告は、平成八年九月一日付け乙山新聞に、「交野市に『創価学会総本山』構想」との見出しのもと、創価学会がJR津田駅と河内磐船駅間の新駅予定地近くに総本山を建設する予定であるとの虚偽の記事を掲載した。

6 「北河内・報道と人権を考える会」の結成趣旨及び被告が「報道と人権」に本件各記事を掲載した経緯について

右1ないし5のとおり、原告が乙山新聞に個人の名誉を著しく傷つける虚偽の記事等を多数掲載したり枚方市教育委員人事に介入しようとしたことを受けて、乙山新聞等の報道機関による人権侵害から個人の名誉・プライバシー等の基本的人権を守ることを目的として、平成八年九月二七日、弁護士、大学教授、元枚方市長らが呼びかけ人となって、「北河内・報道と人権を考える会」が結成され、被告が事務局長に選任された。

そして、「北河内・報道と人権を考える会」は、右目的を達成するため、「報道と人権」を発行し、乙山新聞が個人の名誉を著しく傷つける記事を掲載したり枚方市教育委員人事に介入しようとしたこと等に抗議するために、「報道と人権」に本件各記事を掲載した。

三  被告が「報道と人権」に本件各記事を掲載した行為が公共の利害に関する事実に係りかつその目的が専ら公益を図ることにあったか否かについて

被告が「北河内・報道と人権を考える会」を結成し、「報道と人権」に本件各記事を掲載した経緯が前記二6認定のとおりであることに照らすと、被告が「報道と人権」に本件各記事を掲載したことは、公共の利害に関する事実に係る行為であり、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる。

四  本件各記事に記載されている事実ないし意見・論評の基礎となった事実の真実性について

1 平成八年一一月一日付け「報道と人権」(創刊号)に掲載された各記事について

(一) 本件<1><2><4>記事(「地域新聞である乙山新聞(枚方市河原町、甲野太郎代表)の目に余る人権侵害、名誉毀損記事による被害が広がる」、「教育長に対する誹謗・中傷記事を繰り返すにとどまらず、枚方市教委管理職の人事異動にまで介入するような事態が明るみに出る」、「同紙には、これまでも個人の名誉を毀損し基本的人権を侵害する記事や、根拠のない憶測・誇張と思われる記事が数多く掲載されてきた。」との記載)について

本件<1><2><4>各記事は、事実を摘示して原告の社会から受ける客観的評価を低下させるものであるが、前記二認定のとおり、原告がこれまで被告らに対する虚偽の誹謗中傷記事を乙山新聞に多数掲載してきたことや枚方市教育委員会管理職の人事異動に介入しようとしたことは真実であるから、被告が「報道と人権」に右記事を掲載したことは違法とはいえない。

(二) 本件<3><5><6><7><8><10><11>記事(「時折なされる乙山新聞のウソと憶測・誇張・風聞・やゆ等による誹謗・中傷記事による人権侵害は許されることでは断じてない。」、「いわばその『悪影響力』を背景に、ある種の力を誇示している模様。」、「報道機関と呼べぬ乙山新聞」、「人事異動名簿のコピー配付はそのタイミングから判断すると、人事異動への介入が思うようにいかないことから、事前に内容を漏洩させることで、原案を潰そうとした行動だったと思われる。」、「特定の政治家と結託し、行政運営に直接介入するような新聞社は、もはや報道機関とは言えない。」、「つまらない新聞といえばそれまでだけど、見過ごしてはいけないと思います。」、「体質が問われている乙山新聞社」との記事)について

本件<3><5><6><7><8><10><11>記事は、意見・論評を表明することにより原告の社会から受ける客観的評価を低下させるものであるが、前記二認定のとおり、原告が乙山新聞に個人を誹謗・中傷する虚偽の記事を多数掲載してきたことや丙川とともに枚方市教育委員会管理職の人事異動に介入しようとしたことは事実であり、右各意見・論評の基礎となった事実の重要な部分が真実である以上、被告が「報道と人権」に右記事を掲載したことは違法とはいえない。

(三) 本件<9>記事(「市長や議員を持ち上げたり、けなしたり。くるくる変わる内容でいいかげんな新聞という印象はあったけれど、そんなことまでしているとは知らなかった。応援した人が市長になったので、つけあがっているのでしょうね。」との記載)について

本件<9>記事のうち、「市長や議員を持ち持げたり、けなしたり」の部分は事実を摘示して原告の社会から受ける客観的評価を低下させるものであり、その余の部分は意見・論評を表明することにより原告の社会から受ける客観的評価を低下させるものであるが、《証拠略》によれば、原告はこれまで乙山新聞に市長や議員を評価したり逆に評価しない旨の記事を掲載していること及び平成七年四月二三日に行われた枚方市長選挙の直前に発行された同月一五日付け乙山新聞に、中司市長の対立候補であった山口平八郎候補を執拗に攻撃する記事を掲載した事実が認められ、右各事実に鑑みれば、記載されている事実ないし意見・論評の前提となっている事実は重要な部分において真実であると認められ、被告が「報道と人権」に右記載を掲載したことは違法とはいえない。

2 平成九年一月二〇日付け「報道と人権」(第二号)に掲載された各記事について

(一) 本件<15><16>記事(「乙山新聞と丙川氏(現府議)が暗躍」の見出し、「昨年3月26日、乙山新聞や丙川元市議(当時・現府議)によって枚方市教員の人事異動に対する不当介入事件が引き起こされた。」との記載)について

本件<15><16>記事は、事実を摘示して原告の社会から受ける客観的評価を低下させるものであるが、前記二認定のとおり、原告が丙川とともに枚方市教育委員会管理職の人事異動に介入しようとしたことは真実であるから、被告が「報道と人権」に右記事を掲載したことは違法ではない。

(二) 本件<12><13><14><17>記事(「人々が乙山新聞をうさん臭い新聞だと思いながら」、「恋愛や結婚などは純然たる私事。古典的なプライバシーである。プライバシー暴露を売り物にするメディアは間違ってもジャーナリズムとは呼べない。ゴシップを提供するメディアはそれを読む人々の精神を堕落させる。そしてネタを売る醜悪な人間を生み出す。枚方が文化都市を標榜するためには、地域新聞も淘汰されねばならない。」、「乙山新聞の人権侵害報道を斬る」、「正月の乙山新聞を見てびっくりした。内容は全くなく企業の広告ばかり。いくら広告料をとっているのか知らないが、さぞかし儲かるのだろうな。企業のみなさん、お付き合いかも知れないが、かえってイメージを悪くしますよ。乙山新聞だから。」との記載)について

本件<12><13><14><17>記事は、意見・論評を表明することにより原告の社会から受ける客観的評価を低下させるものであるが、前記二認定のとおり、原告が乙山新聞に個人を誹謗・中傷する虚偽の記事を多数掲載してきたことは事実であり、右各意見・論評の基礎となった事実の重要な部分が真実である以上、被告が「報道と人権」に右記事を掲載したことは違法とはいえない。

3 平成九年三月一〇日付け「報道と人権」(第三号)に掲載された各記事について

(一) 本件<18>記事(「乙山新聞・JR新駅設置で虚偽報道」との記載)について

右記事は、事実を摘示して原告の社会から受ける客観的評価を低下させるものであるが、前記認定のとおり、原告がJR新駅設置に関し虚偽の報道をしたことは真実であるから、被告が「報道と人権」に右記事を掲載したことは違法ではない。

(二) 本件<21>記事(「誰が言ったかわからないかぎ括弧で書かれている記事が余りにも多い。」との記載)について

右記事は、事実を摘示して原告の社会から受ける客観的評価を低下させるものであるが、《証拠略》によれば、乙山新聞には、「関係者」等が語ったとの名目で、誰が語ったか明らかでないかぎ括弧書きの記事が多いことが認められ、その記載内容は真実であるから、被告が「報道と人権」に右記事を掲載したことは違法ではない。

(三) 本件<19><22><23><24><25>記事(「報道の原則破る乙山新聞」、「変革は私たちの手で・乙山新聞や一部の週刊誌など、こんなひどいメディアなら警察が踏み込んで刑事事件としてほしい、私が被害者ならそう考えるかも知れません。」、「やはり私たちには、広告を出さない、新聞を買わないという合法的な抵抗や、良い記事はほめ、悪い記事はどんどん批判して、まともな新聞に変わることを求め続ける」、「乙山新聞はおもしろおかしく読んでいましたが、「『悪影響力』を背景にある種の力を誇示している模様」に対して、本当にそうじゃないかと思える様な記事と広告です。役所や企業をおどしている様にさえ感じられます。」、「なぜ、枚方には乙山新聞みたいな新聞があるのですか。前に住んでいたところにも地域新聞がありましたが、もっと真面目な新聞でした。レベルが低くて恥ずかしい感じですね。」との記載)について

本件<19><22><23><24><25>記事は、意見・論評を表明することにより原告の社会から受ける客観的評価を低下させるものであるが、前記二認定のとおり、原告が乙山新聞に個人を誹謗・中傷する虚偽の記事を多数掲載してきたことや枚方市教育委員会管理職の人事異動に介入しようとしたことはいずれも事実であり、右各意見・論評の基礎となった事実の重要な部分が真実である以上、被告が「報道と人権」に右記事を掲載したことは違法とはいえない。

(四) 本件<20>記事(「スキャンダルが売り物・一九九五年以降の乙山新聞の見出しを見ていくと、『不倫の中堅職員、こっそり左遷』とか、『市教委ぐるみ強姦もみ消し』など、ここで読み上げるのをためらうような見出しがどんどん立っています。教育委員会の名簿漏えい事件にいたっては、ある人事を変更させることが目的で、入手した名簿の現物をコピーして配ったということです。新聞として絶対にあってはならないことで、びっくりしました。ジャーナリズムの源流には正論的な新聞と、スキャンダルを売り物にする瓦版的な新聞の二つがありますが、乙山新聞は明らかに後者だけを継承しているとしか思えません。」との記載)について

本件<20>記事中、前半部分は事実を摘示して原告の社会から受ける客観的評価を低下させるものであり、後半部分は意見・論評を表明することにより原告の社会から受ける客観的評価を低下させるものであるが、前記二認定の各事実並びに《証拠略》によれば、乙山新聞には、平成七年以降、『不倫の中堅職員、こっそり左遷』や『市教委ぐるみ強姦もみ消し』などの見出しが掲載されたこと及び原告が枚方教育委員会管理職の人事異動の公表に先立ち事前に入手した名簿をコピーして配ったことが認められ、右各事実に鑑みれば、記載されている事実ないし意見・論評の前提となっている事実はその重要な部分において真実であり、被告が「報道と人権」に右記載を掲載したことは違法とはいえない。

第四  結語

以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下 寛)

裁判官亀井宏寿及び裁判官神野泰一は転補のため署名押印できない。

(裁判長裁判官 山下 寛)

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